ダイレクトアクション・カンボジア6日間ツアーのメンバーと農地の訪問
11月20日
車数台に別れ、プノンペンから揺られて約時間半、農地は低い山に囲まれた田舎に位置し、プノンペンの喧騒とは異なる穏やかな空気に包まれていました。想像以上に広く、また土壌も赤く肥えていて、早いうちに農地開拓ができ、豊かな農作物が期待できるようなものでした。近隣の農地でも、たくさんの農作物がみられました。
でこぼこ道を進むと、広々とした草地の真ん中に、派手なピンク色の幕を付けたテントが見えます。私達を迎えてくれたのは、自治体の人、村の人たち。「チョムリアプ・スオ!(こんにちは)」笑顔で呼びかけると、大きな笑顔とカンボジアの挨拶、合掌でこたえてくれました。
一向の代表、ガユーナ・セアロは上座部仏教の僧侶ですから、上座部仏教を信仰しているカンボジア人の皆さんには、すんなりと受けとめられた様子でした。そして、カンボジアの文化と習慣に従い、村の人々は僧侶への礼として昼食の奉仕をされていました。そもそも僧侶には、みんなの幸せをという以上の目的も利害関係も全くないことは皆さん承知のことでしょうから、きっと安心されたのではと思います。
日本人、アメリカ人合わせて30名が、お米、たくさんの種類の日用品が詰まったバスケットを持って、パームトゥリーの子ども達と共に村の人々とご対面。挨拶を交わし、私達がなぜここにやってきたか、何をするのかを村の人々に伝えました。
「私たちは、子ども達の職業訓練と将来の自立のために、孤児院に暮らす子ども達をつれてやってきました。ここで農業を中心として様々な活動を行い、子ども達が自立して幸せに暮らせることを目的に事業を進めます。また、私達が望んでいるのは、パームトゥリーの子ども達の幸せだけではなく、村の人々も一緒に豊かにそして幸せになることです。正しいことをみなさんが行い、共に分かち合い助け合い、努力して進んでいかれるのならば、精一杯の応援をしたいと思います。」
そして、ダイレクトアクション参加者が、パームトゥリーの子ども達と半日かけてバスケットに仕分けし詰めた物資を、一人ひとり手渡しました。子ども達も、重たいお米を率先して運び、村の人々に配ります。数ヶ月前まで、お米を担ぐことなど全くできなかった子ども達ですが、今男の子達は細い体でも嬉々として段取りよく運んでいます。夏に訪れたとき、ミャンマーの子ども達がどんなに力持ちで、楽しく働いているか、そんな話をしたとき熱心に聞いていた彼らの姿を思い出します。
農地から少し離れた山の谷へ行くと、この近辺の農地の水源地があります。自然の湧き水はあまり多くは無いようですが、雨季の間にたまった水のようです。緩やかな坂ですが、パイプで水を取って用水にしているようです。しかし、豊かな水のように見えても、とてもこの周辺全部の農地に乾季の間中十分にある水の量とは思えません。実際、隣の農地では、大きな規模で用水のための工事を行っている様子で、またポールさんの話では、以前に訪れたときよりパイプの数も増えているようでした。
知事の話では、自由にパイプを引いて、好きなだけ水は使っていいようですが、永続的な水源確保、また自然への影響も考えられます。私達は、計画通り、自分達の農地に貯水池を作り、井戸を掘ることにしました。それらの作業は、村の人々の協力を得、また将来的に村にも井戸を作りお互いに助け合うことを話し合いました。村の人々は大喜び、ポールさんも大喜びでした。
また、このあたりの農作物ですばらしいものに「胡椒」があります。これも産業にしていけるよう、また村で織物ができる女性達もいるようですから、職業訓練や村全体の産業としての可能性が見えてきます。後は、パームトゥリーNGOと、村の人々が自分達がその可能性に向けてどれだけの熱意と努力を自分達が行うか、にかかっています。
大きな可能性を前に、また様々な課題もできたところで、農地を後にしました。
プノンペンに戻ってから、農地に誰が行くか、どのように計画を進めるか...。11月のダイレクトアクション中に、幾度もポールさん、スタッフと話し合いを続けました。
カンボジアのNGOには、様々な規定があり、恐らくそれらは外国からの支援を受ける段階で、先進国から指導を受けて出来上がったものと思われます。中には、今のカンボジアの現状、特に人々の「生きる」という視点でそれを見つめたとき、不必要に思われることもあります。恐らく、正しいことをしない大人や、支援との関わりにおいて、誤った運営にならないようにというものだと思われますが、正しいことを行おうとするとき、現状とその守らなければならないもののギャップが、非常に悩ませるものになってきます。
例えば、人権保護のためでしょうが、孤児院にいる18歳未満の子ども達を働かせてはいけない、とか、学校に何時間行かなければならない、祝祭日は休ませなければならない。。。など。
ポールさんは、以前に関わったアメリカの支援者が、自国の法律に触れる行為を行っていたため、正しいことをしたいという思いも強く、決まりを遵守したいと望みます。しかし、この法律は、子ども達が生き生きと喜んで奉仕をしたい、仕事したいと望んでいるのならばどうでしょう。ストリートに長い間暮らしていたため、勉強したいという夢は強くあったものの、実際に16歳にもなった子どもが小学校1年生から学ぶことは努力も要し、心の成長にも関わってくることです。
農地が手に入り、広い大地でダニエル先生(アメリカから来た青年)と体を動かし、汗を流し、自分で働いて自分のお金を手に入れるという夢が芽生えてきたときに、この子ども達を止めなければいけないものがあるでしょうか。話し合いの結果、ポールさんは政府へ青少年育成プロジェクトとして(1)子ども達が農地でも勉強ができること、(2)規定時間外の子ども達が任意で手伝いをすることを認める、という内容で許可を得られるようにしました。
12月以降〜
2005年1月現在、農地に住みたいと望む14歳以上の5人の子ども達、3名のカンボジア人スタッフに、ダニエルを加えて9名が農地へ引っ越しています。そして今、新たに3人の子ども達が希望をしています。現在、毎週末には、20名までの子ども達が、変わり交代に農地へ農業体験に向かっています。みんな、農地の手伝いを楽しんでいるのでしょう。
ダイレクトアクションの一行がカンボジアを出て後、12月から早速、農業用の家と休憩所、トイレ、車の通れる農道と井戸を村の人の応援も得てみんなで作ることができたようです。村の人からも引っ越した初日は大歓迎を受けたようで、お祭り騒ぎになったそうです。鶏を18羽飼っています。鳥インフルエンザなど心配もありますが、それには衛生的な指導をきちんと行える機会になります。また、自転車を3台手に入れ、広い農場と近隣の村へ果物を買いに行くための足ができたそうです。
毎日、衛生的なこと、ごみの問題、秩序....いろんな問題や新しいことと向き合いながらも、前進をしている彼らをもっと応援できればと願うばかりです。
2月には、抜き打ち訪問を予定しています。少し厳しいですが、決めた約束をお互いに守り、彼らが「自分で生きる」というところに意識をいつもおいておけるように、支援している側として最大の愛で見守り続けることが大切だと私達は考えます。その時の様子によって、また次の段階へ進んでいけることを楽しみにしています。
現地で子ども達と毎日共に過ごし、生活指導と報告を行ってくれている現地スタッフ、佐藤洋子さんからの
おたよりが届きました。こちら(2005年1月7日)









2005年2月人道支援事業 支援先現状調査
野菜が出来た!
パームトゥリーNGOとの協働プロジェクト、カンポット州にある農地の現状をお知らせいたします。現在、9名の子ども達、ダン(アメリカ人)菜園指導者、2名の男性スタッフと1名の調理担当スタッフが村に移住し元気に暮らしています。
12月から開拓を進め、子ども達と先生の家屋、台所、トイレ、教室ができあがっています。外国人スタッフ専用の建物以外は全て子ども達とスタッフが自分達で作ったレンガや竹のものです。外国人用は、半分を業者に頼まなければいけませんでした。なぜなら、外国人が村に住むことは、こちらが大丈夫であっても、村では目立つ存在であり、強盗などの対象になりやすいという理由から、カンボジア人の強い要望で鍵と窓格子のついた建物を建てざるを得ませんでした。
農村部で一番の問題となるのは水ですが、22ヘクタールの広大な農地に水道はもちろん井戸さえもありませんでした。今は大きな貯水池を2つ作っています。山からの水、わずかですが地下からの湧き水、そして雨季に期待できる大量の雨を貯め、生活と畑に年間利用できることを予測しています。5月ごろから降り始める雨が雨季の間どれくらい貯水することが出来、生活をしながら作物もどのくらいの規模で栽培が可能か、長期的にみていく必要があります。
日中は冬の時期でも太陽の下では32℃を越えるカンボジアの気候で、一体どんなものが栽培可能なのか、現在は試験的にいろんな種類の野菜を作っています。さやえんどう、玉ねぎ、大根、きゅうり、ラディッシュ、バジル、なす、芋... 季節を問わずとにかく育ててみようというダンの思いかなってか、家屋周辺に作った畑には沢山の野菜が芽を出していました。
自分達が食べる野菜は何とかなっているとのこと。雨季の時期にはコーンとお米の栽培に挑戦する計画です。数週間前に、教室家屋を建て、1日4時間のクメール語と英語の授業も開始しました。村への移住で公立の学校に通えなくなった子ども達が継続して学習を行い、同時に生きる知恵と術を学んでいます。就学年齢に教育を受けなかったため、公立校に行けば20歳を過ぎてやっと中学校が卒業できるような子ども達が沢山います。
パームトゥリーNGOでは、1年間に2学年分の学習を集中して行う独自の教育カリキュラムで進めることにしています。公立学校でも1日4時間しか子ども達は学校に通えません。少人数でみんなががんばってその倍勉強すればきっと追いつけるはず。そんなポール氏の思いは十分子ども達に伝わっているようで、勉強も順調です。
何も無い荒野に移住を決意し、建設や耕作に一生懸命がんばった9人の子ども達に、初月給が手渡されました。2ヶ月間で一人$5〜10。プノンペンの一般家庭で月収がだいたい$20ですから、彼らにとっては大金です。これまでの就労態度と能力により、各子どもの報酬は異なります。頑張れば頑張っただけのものを手に入れることが出来ることを彼らは実感したようです。初月給を手渡される時の、思いがけない報酬を手にした彼らの喜びと自信に満ちた笑顔が忘れられません。
彼らの自立に向けた勇気ある決断と努力は、他の子ども達にたくさんの希望を与えることができたと思います。働くのが嫌だから、孤児院が居心地いいから、と甘えていた年長の子どももいましたが、この誇らしげな彼らの笑顔はそんな子ども達にも大きな影響を与えたと思います。
毎週日曜日には、2台のバンに乗れるだけの子ども達が孤児院から農地へ出かけ、広い自然の中で遊んだり手伝いをしたりしています。村の人々はここが集会所でもあるかのように、いつも集まって来るようですが、何をするわけでもありません。ここでも、徐々に規律と目的を明確に表していくことが課題になってくることでしょう。
プロジェクト全体を進めていくためのスタートとして、水、家屋など最低限の生活ができる施設を最優先させましたが、これから、全体の区画やコーン畑や田んぼの開墾を進めていきます。コーンやお米ができるようになれば、孤児院の運営が可能なだけの収入を得ることができます。また、女の子の中でも、18歳になる子どもで希望する者は、織物などの職業訓練ができるよう計画を進めています。







